大阪歴史の散歩道 上町台地北コース

大阪歴史の散歩道 上町台地北コースを歩くぞ

 

きっと、ここ大阪の地元のエリアに住んでいる人には当たり前すぎるものなんだろうな。だが異邦人、エイリアンである僕には珍しい体験でもあり、「大阪は水の都」であることを体感したことのひとつだった、

 

大阪長期出張の休日のその日は、大阪歴史の散歩道 上町台地北コースを歩いてやろうと思って、地下鉄で大阪港駅に向かった。

 

天保山

 

コースのスタートは、天保山。大阪市港区の天保山公園にある安治川河口の川ざらえをした土を積み上げた人工の山で、自称、日本一低い山だったんだが・・。
2014年4月9日、国土地理院の調査によって、標高3mの山、 日和山 (仙台市) が2番目に低い山となった・・と。

 

日本一ではなくなったけど、なかなか濃い。大阪らしい。

 

地元有志による山岳会が存在していることが、すでに信じられないのだが、さらに山岳会では登山後の希望者に対し登山証明書を有料で発行。まあ、これは観光として楽しいお土産話のネタにできるだろう。
だが、この濃さは、その程度じゃすまない。この山岳会には山岳救助隊も結成されているということだ。
救難要請は、たぶん一度も出ていないんだろうなぁ。
いっそ、「山頂で怪我をしましたぁ」と言って、救援を呼んでやろうか。タイガースペイントの軽トラかなんかで、救援に来るんだろうか・・・。

 

まあ、そんなノリは、今回の主目的ではなくて、歴史の散歩道を歩くことで、大阪の歴史的なことを少し頭に入れてあやろうかというのが最初の動機だったんだけど・・・。
海遊館やら観覧車目当ての家族連れと一緒に駅を出る。中国人も多い。
目的の天保山はすぐ。登山もなんなく成功。成功したが感慨はない。物足りない。桜がまあまあ残っていたのが救いだった。

 

 

天保山渡

 

少し公園の海沿いを歩くと、何やら、人と自転車が並んでいるのに出くわす。
まったく予備知識がなかったのだか、これが、天保山渡だった。その時はなんだかわからないので、説明の表示を探して読んでみる。う〜ん、どうやら無料の公営の渡し船のようだ。30分に一度運行されている。
大阪の歴史の散歩道に対して、絶対にコース通り歩いてやるんだという強いロイヤリティはないので、自転車のおにいちゃん、おじいちゃんに交じって、乗ってみることにした。
なかなか気持ちのいい船旅だが10分で到着。でも、ここはどこだw。何もない。帰りの時間を確認して、せっかく渡ったし、近くを歩き回ってみることに。地図を見つけた。駅がある。ゆめ咲線終点「桜島」。あれ?USJじゃん。
大阪にいるが、USJはまったく視界、意識の外だった。おじさん一人で行くスポットじゃないよな・・・たぶん。まあ世の中には、ディズニーの年間パスをもつおじさんが実在しているのを僕は知っているけど。

 

ゆめ咲線

 

大阪歴史の散歩道の次のポイントは波除山跡。さっきの天保山ができる100年前の安治川開削工事で、同じように人工的に作られた山。安治川開削工事って、つまり川を作ったんだよね。

 

当初は地下鉄で弁天町に戻って向かうつもりだったけど、ゆめ咲線終点「桜島」駅からJRで何とかなるかな。駅まで行って、スマホのGoogleMAPとにらめっこ。うん、JR西九条までいけば何とか歩けそう。安治川もわたる方法もありそうだ。

 

ゆめ咲線ってネーミングもどうなんだろうなぁ。もとは桜島線だったのが、「USJを中心として大阪の夢が生まれつつある地域」で、この愛称。
関西には、愛称のある路線が他にもあった。紀勢本線の きのくに線、関西本線の大和路線。

 

ローカルな電車に乗り込む。土曜日の午前中。USJからは、帰りの方向になるので、車内は空いている。

 

安治川隧道

 

西九条から歩き出し、たぶん安治川を渡ることができるであろうところへ向かった。
正直、「渡れる」=「橋」だった。さっき船に乗ってきたばかりだというのに、固定観念というのはけっこう恐ろしい。
川の近くにむかっても、わたれそうな橋は見えてこない。おかしいなぁ・・・と思いながらも着いてみると安治川隧道。あ、トンネルかぁ・

 

しかし・・・なんだこれは・・・。
お兄ちゃんと買い物主婦と女子高生が自転車で、巨大な自動ドアの前で待っている。
説明版があったので、読んでみると川底にトンネルがあって、そこまでエレベータで降りる。
渡し船同様、地元の利用者に紛れ込んで、普通の顔をして、エレベーターに乗り込み、地下へ。細いトンネルが出現。対岸でのまたエレベーターで上がる。

 

こんな施設は初めてだなぁ。

 

後で調べてみたが、安治川隧道の場所には、源兵衛渡があったようで、渡航量も多かった。
戦前の1935年(昭和10年)から建設、1944年(昭和19年)に竣工。かつては人用の他に車両用エレベーターもあったのだが、排ガス問題などにより1977年に閉鎖して、今は、人間と自転車だけ。

 

何で橋にしないんだろうか・・とは東京人の感覚なんだな。要するに、河川舟運が盛んだから、架橋するには、大きな橋が必要で、難しかった。で、古くから市による公営渡船が多数運航していたという経緯があるようだ。
橋はだめなのね、大阪のこの辺りでは。中之島にいくと、橋ばかりだけど。

 

大阪が水の都、水運に支えられた商業都市ということは、大阪に来て早期にいった大阪歴史博物館で、知識、情報としてあった。船に乗り、地下の隧道を通り、橋の利便より船を優先してきた証跡を、実際に体験してみると、その情報を感得できたように思う。

 

その後にいった波除山は、もう、なんか、盛り土程度しか残っていない。あれだけの川を掘った土田というのに。なるほど波除山跡・・ですか。
大阪歴史の散歩道を歩く意欲が減退したなぁw

 

俺の人生成り行きまかせ

 

JR弁天町についてホームにあがってみると、次の電車は、大和路快速。大阪歴史の散歩道を歩くなら、次の大正駅で降りるんだけど、このままこの大和路快速に乗っていけば・・・。法隆寺に一気に行けるなぁ・・・。
法隆寺いいよな・・桜が、きっと。あの法隆寺の土塀と桜。柿がなくても、鐘がなってなくても、法隆寺。
迷いながら乗車。
空いてる、しっかり座れた。

 

よし、このまま法隆寺へ行こう。

 

結局、大阪長期出張中、大阪歴史の散歩道 上町台地北コースのポイントは2つだけで終わってしまった。
すまん、大阪歴史の散歩道 上町台地北コースよ。君に魅力がないわけじゃないんだか、桜の法隆寺に対するLOVEには及ばなかった。

 

まあ、ちょっと歩いただけでも、いろいろ発見もあったし、考えることもあったし、ヨシとするかw



--------------------------------------

東京Walking